身勝手な想像に、愛を込めて

JUMPちゃん沼にハマった働くアラサーが知念侑李をひたすら愛でる想像ブログ。

きっと考えすぎていること

ただただ心配性で考えすぎな記事です。読んだら、何この勝手な想像と思われるかもしれない。先に謝ります。すみません。最近の彼をみて、ふっと思ったことを言葉にしただけなので、あまり気に留めずに読んでいただければ幸いです。

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皆さん、裕翔くんの映画がまた決まりました。パチパチパチ。主演2本目ですよ。今度は恋愛ものですって。まあ、前回のような派手な宣伝は行わなさそうな単館ものって感じがしてますが、兎にも角にも、主演映画ということだけでおめでたい。主演ってすごいことですよ。大衆的に画が2時間くらい持つって思われてることですもんね。素晴らしいことです。どんどん俳優路線を突っ走っていってほしい。

ただ、ほんとに思うのは、彼が突っ走って突っ走って突っ走って、そのままどこかに消えてしまうんじゃないかと、私はごくたまに心配になるんです。

最近、彼は「ジャニーズにみえない俳優になりたい」と何度も発言していますね。以前はそのことをマイナスに捉えていたようだったけれど、今は考えを改めて、プラス思考に捉えて、そうありたいと願うようになっているよう。確かにそれは彼の魅力であり、簡単には持ち得ることできない才能。たとえば、スクリーン越しであっても、頭の片隅でジャニーズがちらつく役者よりも、単純に演技者個人として見てもらえる方が役者としては喜ばしいことで、ジャニーズというレッテルを剥がして、良くも悪くも平等に他の俳優さんと肩を並べて渡り合えると思うし、私個人的にはいいことだなあと思っている。

けれど、それが裕翔くんの場合、いつの間にか、本業であるアイドルの自分およびグループへ還元することを忘れて、取っ掛かりとすべきものだけがぼろっと取れて、そのままそれだけになってしまわないか、その他の部分がさらさらと流されてしまわないか、ということが不安でならなくなるのです。

そう感じたのは、先日みたバラエティ番組で「ジャニーズの中にはあんまり仲の良い人はいない」と言い切った彼をみたとき。もちろん、お仕事とプライベートというのは違うということはわかっているし、あるいは、彼がまだジャニーズの中で仲良くなれそうな諸先輩方に会ってないだけかもしれない。それでも、「ジャニーズのメンバー誰もいない」と、そう言い切ってしまうことって、すごくリアリティがあって、またなんとなくだけど、言い方とかが、諦めてるように見えた。すごく寂しげで、みているこっちが胸が詰まってしまった。散々、アイドル誌で仲の良いエピソードを披露していても、実際のところはこの彼のなんともいえない寂しげな姿が真実なんだろうなと思ってしまった。特に彼は過去にいろんな経験をしているから、ジャニーズに固執するほどの強い気持ちもないんじゃないかなとか、思ってしまう。いや、まあ、私が深く考えすぎなのかもしれないです。
ただ、今彼が俳優業を心底楽しんでいることは事実で、そして、そんな彼を俳優として世間が求め出してきていることもまた事実。一方で、私は彼がジャニーズであるということを忘れたり、離れたいと思っているとは全く思ってはいない。思ってはいないけれど、彼の中の気持ちの底の底のところで、意欲的な部分の天秤が俳優業に傾いてしまわないか、そちらに飲めりこんで、ハマりすぎてしまわないだろうか、と、身勝手にとても不安に感じてしまう。だから、たとえば、たくさんの作品に出演し、演技の評価もされている嵐のニノが常に自分の職業を「アイドル」だと言い続けてる安心感のようなものを裕翔くんからも感じ取りたいと願ってやまない。

そんな思いの中で先日発売された「ROLA」…。
「個々を強化して、JUMPを知ってもらえるきっかけになる」と話した裕翔くん。この些細な言葉を、私は今はただ何も考えずに信じたいと思っています。