身勝手な想像に、愛を込めて

JUMPちゃん沼にハマった働くアラサーが知念侑李をひたすら愛でる想像ブログ。

彼に照らされたその光が、

私の最近の想いを書きます。うまく言葉にできるかわからないけれど、頑張って文字にしてみます。

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2014年頃から伊野尾慧が日の目を浴びている。

近年、JUMPの最終兵器と謳われ、そしてそれは言葉だけでなく、現実のこととして、ジャニヲタ界隈をはじめとし、雑誌記事でも個人で取り上げられたりなど、徐々に頭角を表しているように感じる。その背景にはもちろん事務所の猛プッシュがあったということは容易に想像できるけれど、ただ実際、猛プッシュを受けたからといって、結果を残せるかどうかといえば、それはまた別の話で、そういう意味で考えれば、彼の秘めたる魅力に数々の人が魅了されており、ちゃんと世間に爪痕をちゃんと残しているのだなと感じてならない。それは非常に喜ばしいことであり、引いてはJUMPの活躍を少しでも牽引し、グループとしての人気を高めていってほしい。ただ、実際のところは、伊野尾革命と表現を耳にするものの、それはあくまで私自身が、JUMP担として生きる小さなコミュニティの中での話であって、もはや内輪ネタといってもいいくらいのもの。大きなメディア社会を通してみれば、ほんの些細な小さな出来事なのだろうとも思う。

でも、確かなのは、私よりも随分と前から伊野尾ちゃんを追いかけてきた人々にとっては、見切れと言われていた過去と比べれば、今のこの大量のメディア露出は文字通り「革命」であり、ゴールデンのバラエティ番組に名の知れた芸人さんとロケを行うなんてことは、数年前は想像もできなかったということ。

本当にうれしい。とてつもなくありがたい。事務所に感謝したい。本当に…本当に…そう思いながら、どこか心の中でしっくりこない自分が確かにいる。心の底から喜べない自分がいる。

あぁ、陽は昇り、彼らを煌々と照らしているのに、なぜ全てに同じ明るさの光が当たらないのだろう…。

「グループ内格差」という表現がある。

それが如実に現れたと私の中で一番感じるグループはKis-My-Ft2だった。前の3人と後ろの4人。デビュー当初、それはジャニーズに詳しくない人が見てもわかるくらい明らかなものだった。衣装の華やかさ、歌割り、カメラに映る回数、立ち位置、写真のサイズ感、アイドルとしての全ての項目において、彼らは差をつけられていた。最近はその格差もかなりに小さくなっているが、初めてその光景を目にしたときは、あまりにもわかりやすいその状況にジャニヲタとして驚愕したことを覚えている。

JUMPの9人に今述べたようなわかりやすい差が果たしてあるのかと言われれば、そんなことはないけれど、でも確かにJUMPが大好きな私はその差を感じずにはいられない。

しかしながら、それは今に始まったことでもないし、むしろ伊野尾ちゃんに至っては近年の猛プッシュを受けるまで、光と陰なら陰であり、格差と表現するのなら劣等とされていた側だった。山田涼介という絶対的エースを筆頭に前列レギュラー組が肩を並べる中、伊野尾ちゃんはいつも右か左かの端の方に佇み、音楽番組に出ても全く映らず、見切れアイドルと称されていた。そこからの伊野尾ちゃんの追い上げは確かに革命的だし、逆に多少なりとも過去に触れている立場から思えば、こんなにも立ち位置の変化ってあるんだと正直感じた。おそらく、私が素直に喜びきれないことに起因することも、正しくそれで、私の中で「格差」における逆転現象、成り上り現象は絶対にないとどこかで思っていたんだと思う。極端だけど、山田涼介は絶対にエースで、伊野尾慧はずっと見切れだとどこかで感じていたのかもしれない。もちろん、伊野尾ちゃんが目立って欲しくないわけではないし、こうやって今のように活躍してくれるのは喜ばしい。ドラマだってもっと出てほしいし、バラエティで芸人さんにアイドルなのにめちゃくちゃにバカにされてほしい。彼の今が決して嫌だということではなく、彼の今が、事務所の推しやグループ内格差をはっきりと証明してしまったんだなと、そして、それはつまり、彼を推すことで、推されていないメンバーを明らかにしているようなもので…いや、わかってはいた、わかってはいたん んだけれど、こうもわかりやすいと複雑な気持ちにならざるを得ない。

ぐだぐだと書き続けているけれど、なんだかんだで結局伊野尾ちゃんが人気者になっていくことが寂しいということもまた事実。下手な例え話をするなら、ずっと自分だけ仲のよかった地味で目立たない幼馴染が学生デビューを契機にいきなり人気者になってしまったような、そんな感覚に似ている。自分だけのものが、みんなのものになってしまったことへの喪失感。人気者になってしまった状態に対する嫉妬。しょうもない気持ちなんだということもわかっている。しかもこれはおそらく序章で、まだまだ先は続いていくだろうと感じるし、それは期待と共にどこか恐怖でならない。あぁ、情けない。応援すべき立場なのに…。ただ、そう感じずにはいられない。

つまりは非常に単純なことで、私はHey!Say!JUMPというグループ9人全員が大好きで、伊野尾慧が大好きなんだということ。ただそれだけ。9人みんなが活躍してほしい。過去の当たり前が崩された今、みんなが平等に光に照らされることを願ってならない。

(この記事はここらで終わらせようと思うのだけれど、実はこのことを書くきっかけは私の気持ちの中でもう一つある。それは、髙木雄也という存在。そのことについてはまた次に書きます。)