身勝手な想像に、愛を込めて

JUMPちゃん沼にハマった働くアラサーが知念侑李をひたすら愛でる想像ブログ。

届いたのは水色の証だった

これは24時間テレビが始まる少し前に書いたものです。載せようか載せまいか少し迷いましたが、せっかく書いたものだし、載せることにしました。ただ、正直、あまり読んで楽しい気持ちになるものではないと思います。私のひとりよがりな文章ですが、よければご一読ください。

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これは勝手な想像なんだけれど、今JUMPを好きな人が少し増えている気がする。様々な方が、様々なきっかけで、ふいに彼らを気になり、追いかけ始めて、ハマっていく。素敵なことですね。彼らの夢が夢じゃなくなる日が来るのかな、なんて少し期待も持っちゃったりします。

かく言う私もJUMPに近年魅了されたうちの1人かなって思ってます。
事務所猛プッシュをまともに食らったとまではいかないけれど、どんどんハマって今のような状態になっていったことについていえば、やっぱりメディア露出の影響を全く受けてないとは言えず、たぶん戦略にハマってしまったのなと。
ので、今はただただ彼らの進む姿を高まる気持ちをもって追いかけ、見守ってるようなところで、まだまだ俯瞰的な目で見れていない側かと感じています。

だから、今から書くことも勝手な想像なんですけど…。

正直なところ、デビュー当時から好きだった方とは一線引かれちゃう距離感なのかなぁと思ったりしています。それは多分ファンクラブの会員証のデザイン切り替わったことが物語ってるような、そんな気がするのです。
…私は掛け持ちがどうしても嫌で、好きになってから実際FCに入るまでかなり時間が空いてしまったんですよね。結果、届いたのはピンク色ではなく、水色の会員証でした。ほんとデザインが切り替わる直後で、「あぁ、なんでもっと早く入らなかったんだろう」って正直今もなお後悔してます。
なんか、ほんと、感覚的な話なんだけど、「お前は昔から好きなJUMP担とは違うんだよ」と突き放されているような、そんな気分になるのです。(実際はそんなつもりはないでしょう。)

単純に言葉で表現するのなら「好き」だという気持ちはきっとみんな持っていて、そこに大きな差なんてないはずなのに、見えない何かを感じずにはいられなくなる。それはもうずっと昔から、「新規」と「古株」という言葉で表され、区別化、差別化されています。実際、「古株」であればあるほど、彼らの歩み続けた道を生で体感しているわけで、「新規」が必死にがんばって彼らの過去を知ったところで、所詮、歴史の教科書を読むようなもの。やはり、それは絶対的に違うと私は思います。「新規」は過去を探り、歴史を遡り、「あぁ、なんでもっと前から好きにならなかったんだろう」と後悔をする。それは、JUMP担だとかそういうことは超えて、発展途上である何かに好意を寄せれば自ずと付いてくるものなのでしょう。そして、それは否が応でも受け止めなければいけない事実。あ、ご了解いただきたいのは、特に「古株」さんに何かを言われたとか、そういう話ではないです。むしろ、私が関わってきたJUMP担の方はマナーもよく、心優しい方ばかりで。ただ、ふと、私が立ち止まって考えることが多いだけで…。

例えば、もっと具体的にいってしまえば、私は森本龍太郎くんがいた時代を知らない。いや、正しく言えば、10人であったことは知っているし、彼がどういう経緯で事務所を去らなければいけなくなったのか、ということも情報としては理解している。ただ、彼のいたJUMPを知らない。コンビがどうだったとか、どういう性格でJUMPにとってどんな影響を与えていたとか…全くわからない。ただ、私は、興味はあっても知ろうと努力をしていないし、なんなら少し避けているような気もする。誤解をしていただきたくないのは、私は10人であることを否定する気も全くなければ、9人である今が良いとか悪いとか、そういう概念もない。ただ、漠然と感じるのは、知ってしまうことが、私にとってプラスではないような気がしている、ということ。それは、多分改めて、10→9という事実を目の当たりにし、悲しい気持ちになる気がしているし、そして、何より、少しでも知ることで、「知らない」ということをつきつけられ、実感してしまう気がするから。だから、歴史を掘り下げることをしないのかなと思う。ただ、例えば、2枚目のアルバムジャケットだったり、キャラメルポップコーンのCMだったり、9分割されている四角形を見ると、9だからできるんだろうなと感じざるにはいられないし、なんなら、ダンスのフォーメーションの奇数並びを意識するだけで、偶数ではできないよなとふと思ってしまう。ただ、そういう気持ちも、もっと昔から応援してる方(特に森本くん担当の方)、それ以上になによりメンバーは色んな気持ちを抑えてるんだろうなと感じるばかり。

そんな思いの中で、ふと考えたことがありました。

8年という月日が立っていま、彼らは、二度目の平成元年ともうたわれ、歩み続けています。どんな気持ちで彼らは過去を想い、未来を見つめているんだろう。

そして、その答えにもなり得る山ちゃんのサタジャニを読んだときにふと思ったんです。

「あぁ、JUMPメンバーとファンとの差に比べたら、ファンとファンが感じる気持ちの差なんて、ほぼないに等しいな」って。

(※この記事の流れ的に森本くんのことが書いてあると誤解されたら申し訳ないので補足しておくと、森本くんのこと、人数が減ったことが、特段書かれてるわけじゃないです。ややこしい書き方でごめんなさい。)

当たり前なんですが、ファンは、やっぱりメンバーの気持ちを想像することしかできないんですよね。当事者じゃないんだから。もちろん、過去から得てきた情報量は圧倒的に違うかもしれない。でも、最終的に「想像する」という行為は同じだなって。

彼らが活躍することを受けて、喜んでいる姿を受けて、ファンは何かを感じ、きっと多くの方は喜ぶ。励まされる。人によっては生き甲斐にもなり得る。結局のところそれだけだし、それだけで十分なんだと思う。自己満足の世界だから。誰かと比べることでもないし、差をつけることでもないんだなと。まあ、それでも感じてしまうときはあるんですけど。

彼らがこれからどのような道を進んで、その先に何が待っているかはわかりません。できれば、辿り着く先が彼らが夢見る場所であればいいなと思いますし、彼らの気持ちを想像することしかできなくても、できる限り、彼らが夢に大きく近づいたときには、その喜びを私なりに感じたいなと思ってる。彼らに出会ったタイミングは遅くても、1人のファンとして喜びたい。

苦難の道が長いほど、苦労すればするほど、評価されたとき、成功したとき、その反響は大きいものです。今このときも通過点であり、その先が明るいのか暗いのか、わかりませんが、まだ今はその進む背中を感じながら見守り続けていたいと思います。

最後まで読んでくださった方がいれば、お付き合いいただきありがとうございました。